いばらのみち

わたしが、わたしの人生を謳歌するブログ

愛についての考察

お題「これって私だけ?」

 これは誰にも言ったことがない、秘密の話だ。アラサーともなると、結婚式に出席した経験の一度や二度はあるだろう。かくいう私も、友人や職場の人の結婚式に年に一度は出席することがあり、そのたびに驚くことがある。

 友人の結婚相手が、(友人の)元恋人に「どこか」似ているのだ。結婚式じゃなくっても、このテの発見は起こりうる。この前あった話だけど、高校の同級生のツイッターに、結婚相手の顔が載せられていた。それを見て、「うわ、目元がアキちゃんそっくりだな」と知らず知らずの間に呟いていた。

 その二人がどんなにひどい別れ方をしていたとしても、円満な別れ(本当にこんなことがあるのかは別として)を選んでいる場合でも、新しい相手には、昔の相手の要素が残っている。私はその要素こそが、愛だと思うのだ。

 それを確信したのは、三年前の友人の結婚式に出席したときのことだった。同じグループ内で、高校時代3年間まるまる、付き合っていたカップルがいた。その頃の私は、付き合うっていうことは、結婚を前提にすることはもちろん、結婚が視野にない付き合いなど、セフレと同義!くらいの潔癖性で、タチが悪いことに、10代特有の頑なさで、その考えを信じきっていた。

 制服姿でいつも幸せそうに見つめ合う彼ら。クリスマスの日に、雪道を歩く二人の後ろ姿。彼女にくっつかれて、はにかんだ彼氏の顔。永遠を信じる私にとって、彼らは「理想のカップル」、「正しいお付き合い」の星だった。

 そんな彼らが、大学入学と同時に別れることになり、それを報告されたときの気持ちたるや。あの辛い受験地獄を乗り越え、彼氏の方など20も偏差値を上げて、彼女と同じ大学に滑り込んだというのに、なんで今!?しかも、お互いに好きな相手ができたって……と愕然としたのを覚えている。

 と、同時に「永遠の愛なんてないのかもしれない」と、考えたのもその時が初めてだった。そんなカップルの片割れ、彼女の方が、25歳の時に結婚式を挙げた。いわゆるスピード結婚というヤツで、全くどんな男なんだと思いつつ、式に臨んだのを覚えている。

 そして、新郎新婦の入場である。その時は気がつかなかったのだが、ファーストバイトで新婦から食べきれないほどのケーキの塊を口に放り込まれた後の新郎の顔、その幸せそうなその笑顔が、かつての元カレそっくりだったのである。顔かたちは違うのに、笑い方だけが瓜二つだった。

 新郎のくしゃっとした笑顔を見て、ああ、彼女(新婦)は元カレのここが一番好きだったんだなぁ。結果的に別れたとしても、かつての「愛」が、自分の中に残ることがあるんだ、と妙に納得したことを覚えている。

 そして私の話だが、旦那の「声」が、一途に永遠を信じていた10代の頃に恋をした、あの元カレにそっくりだというのは、誰にも内緒だ。